天才科学者のひらめき36(513)
写真入り、イラスト入りで図鑑みたいに楽しめる。
しかし、それぞれのストーリーは隔靴掻痒(?)とでも言ったところか...。
入門書ということで、許容範囲??
大型連休中に購入し読んで、久々に帰省した子どもの手へ。
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写真入り、イラスト入りで図鑑みたいに楽しめる。
しかし、それぞれのストーリーは隔靴掻痒(?)とでも言ったところか...。
入門書ということで、許容範囲??
大型連休中に購入し読んで、久々に帰省した子どもの手へ。
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つい、2冊目を購入し、1冊を職場においておくことにした(^^)v。
10chanにしてはとても珍しいことで、それだけ、お勧めの本である。
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労働法入門 (岩波新書)(506) 著者:水町 勇一郎 |
第1章 労働法はどのようにして生まれたか-労働法の歴史 に始まり、全10章構成。
コンパクトに要点がまとまっており、どうも、関連書でつまみ食いをしては、明らかに隔靴掻痒だった10chanとしては、ドンピシャ! ときた。
各章の冒頭に、著者の比較的個人的な想い(?)が書かれており...著者の想いが染み出していて、大変好感を受けた。
ちなみに著者は、少数組合の組合員とのこと(第6章 労働組合はなぜ必要なのか 労使関係をめぐる法 の冒頭に記載)。
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労働法 第3版(507) 著者:水町 勇一郎 |
実は、親書は、この(↑)『労働法』の要約版ともいえる。
あまりにドンピシャ! だったので...こちらも購入、ただし、興味をもった箇所のみ読んだところだが・・・(^_^;)。
・・・つくづく、労働法は社会人の基礎知識であるどころか、”武器”である、そう思った。
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クリスマスイブの晩に、久しぶりで更新。
『精神病院を捨てたイタリア捨てない日本』大熊一夫、岩波書店、2009(489)
書評らしきものは以下(↓)m(__)m
↓ ↓ ↓
http://blog.m3.com/tenchanoffice/20091224/_Xmas_Eve1
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2刷時点で購入し、読んでいたものだが...当ブログにアップしていなかったようで...(^_^;)。
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うつ病の真実(468) 著者:野村総一郎 |
うつ病関連本が花盛り、である。中で、最も硬派(?)で、著者らしくジェントルマンな(?)著作と言える。
本書を、今頃、取り上げてみようと思ったのは...10chanは視聴しそびれてしまったものの(^_^;)...先週、NHKスペシャル番組が放映されたことがきっかけ。
↓ ↓ ↓
「うつ病治療 常識が変わる」 http://www.nhk.or.jp/special/onair/090222.html
日本うつ病学会の理事長である著者は、もちろん、番組出演されていた、と聞く。
生真面目な中年男の憔悴、リストカットを繰り返す若い女性の不適応、神経質な子どもの不登校、これら3者を皆、一括してうつ病と澄ませてしまっていいのか? ・・・「昨今、あまりにもうつ病の診断がなされすぎてはいないだろうか」というのが問題意識、である。
「学者というより臨床家」である著者の可能な範囲で、「本格的」にうつ病を考えようとした労作、である。
2・3章では、進化生物学の視点から、うつ病について考察している。ユウウツ感情は、環境激変下での「新たな生き方を導き」「争いを避け」「周囲の援助を引き起こす」ために進化した。つまり、徹底的に不利な遺伝子(の集まり)というわけでなく、現代社会に合わなくなって不利になっているのだから、「自然に逆らわない」「埋もれていた本来のエネルギーを再発掘する」という発想にうつ病の治療論はなづのではないか。「ユウウツが本当に消えるのは、その人が長く追及していた目的を完全にあきらめ、自分のエネルギーを別の方向に向けるようになった時である。」(ネシーとウィリアムズ, 新曜社, 2001)
4・5章では、ギリシャ悲劇から、6章では古代ギリシャ哲学・医学から(うつ病を真正面から論じた最初の学者はアリストテレスである)、7章 旧約聖書にみるうつ病、8章 ジェインズの理論から(意識の発生に伴って人間はウツを明確に示すようになった)、9章 ローマ時代からルネッサンス期(精神障害全般は病気よりも宗教的な異端として捉えられることが多くなったが、メランコリーだけは依然として身体病理で説明されていた)、10章 メランコリーから躁うつ病へ(クレペリンの登場)、11章 現代的うつ病概念の完成(1950年代も終わろうとする頃、レオンハルトが「躁うつ病(双極)」と「単極性うつ病(単極)」を指摘した。そして「内因性」か「心因性」かの議論で、2×2の組み合わせとなるが、全体を「気分障害」あるいは「感情障害」と呼ぶことが1980年頃から誕生してきた。)、12章 操作的診断の登場(アメリカ流のゴールドスタンダード;DSM)、13章 操作的診断の問題点(精神医学の浅薄化と大衆化、大衆は便利部分しか見ない。多軸診断は有用だが問題も多い、スペクトラム障害の登場byアキスカル)、14章 病前性格論と双極スペクトラム概念(下田の執着気質は双極性うつ病の性格が念頭に置かれていたが、テレンバッハのメランコリー親和型性格は単極性うつ病のことだったというのは10chanにも新味だった。双極スペクトラムの考え方は、単極性を別物と考え、他を双極Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・・・で要は、うつ病は(1)双極性障害、(2)単極性障害、(3)「双極かも特徴」と「双極かも性格」をもっている単極性(のように見える)障害(⇒「ソフト双極性スペクトラム障害」)の3つに分かれるハズである、という指摘は分かりやすい)。
・・・と、以上、うつ病概念をめぐって歴史的な要約を提示している。
以後15・16章はうつ病の治療の歴史的概観、17章 うつ病の化学、18章 細胞のストレス反応とうつ病の正体(アロスタシスやBDNFといった最新の細胞研究とうつ病の関係について考察)。
最終章19章では、以上の全体を振り返り、すべてのうつ病に過剰活動が見られるので「活動期を過剰にしない」というのが治療論としての示唆、である。
バランスの良いジェントルマンな著者らしい、著作である、というのが読後感であった。
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統合失調症回復への13の提案―とりまく環境を変革するために(462) 著者:リチャード ワーナー |
ある集会に招かれた暮れのこと。大先輩の本訳者が、初来沖記念にと届けてくださった(深謝)。
本書は、ロマンや理想主義の対極にある。近年精神医学においても、ファクト・アンド・エビデンス、事実と科学的根拠に立った実践が当たり前になった。本書の13の提案には、すべて十分な科学的裏付けが示されている。
ファクトとは...
1)統合失調症をもつ人々は多様な状況の中で効果的に治療されるべきである。病院の存在意義は、主として急性期の治療をすることにある。むしろ病院の外で、病院にとって代わって指導・援助してくれる一連の治療的な設定が工夫されてきている。そのほうが病院よりも隔離的でなく権威的でもない。
2)治療に家族が参加することは、治療効果を高める。
3)服薬は治療に重要な役割を果たすが、それがすべてではない。新規抗精神病薬は、1950年代半ばに導入されて普及した薬よりも重い副作用が少ない。
4)治療というのは医学的次元にとどまらず、社会的な次元でのリハビリテーションを含む。
5)働くことによって統合失調症からの回復が促進される。
6)もしも治療が過酷な状況下で行われたり不必要に収容されたりするならば、病気はむしろ悪化する。しかし、地域ケアが充実しているならば、長い入院はほとんど必要ない。
7)統合失調症の患者と家族は治療方針を計画したり方針作成に参加するべきである。つまり精神保健サービスの利用者を、治療プログラム作成メンバーの中に位置づける必要がある。その結果、利用者たちが治療スタッフを鍛えて、彼等の治療態度も改善する。
8)統合失調症患者に対する周囲の態度は、病気の経過や生活内容に影響を与える。周囲が否定的な態度をとるならば、患者や家族は病気を隠し周囲からの援助を拒否しがちである。彼等が敬遠されたり恐れられたりする限り、彼らは自分の生活している地域の正式のメンバーにはなれない。彼等は疎外され、就労や住居、教育などにおいて差別されるづける。
原著者ワーナー先生は、コロラド州ボールダーにある精神保健センター長で、コロラド大学精神医学部門の臨床教授だ。彼の地における原著者の実践から得られたたエビデンスも、随所に見られる。
産科合併症によって発病リスクが2~3倍となること、戦後の産科的ケアの改善によって20年のタイムラグを経た発生減少が説明し得ることなどから、
①産科合併症のリスクに関する教育的キャンペーン、を第一に提案している。
以下、②薬物使用者への個別的カウンセリング、
③精神的症状への認知行動療法、
④ストレスによって誘発される精神症状にはベンゾジアゼピンを用いる、
⑤サービス提供のあらゆる場面への当事者参加、
⑥ケアする人に無税の介護手当を、
⑦家族に対する心理教育導入へのマーケティング、
⑧急性期治療を病院でなく家庭で、
⑨ソーシャル・ファーム:当時者が働く企業、
⑩障害年金制度の改善、
⑪賃金の補助、
⑫ニュース・娯楽メディアへのロビー活動、
⑬地球規模の反スティグマキャンペーン、
と続く。
提案は、少なくとも米国と英国で着手可能な提案である、と原著者はあくまで慎重である。だが、わが国の精神科医・臨床心理士・精神保健問題の支援者やジャーナリストばかりか、精神保健サービスの関係者や政策立案者にとっても、新鮮で刺激的な興奮と着手への強い動機を、かならずやもたらしてくれるだろう。
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なるほど! と得心のいく快著、と思った。特に、いわゆる”主流派”経済学、ないしは経済学の教科書には、バブルやバブル崩壊についての記述がないか、ほとんどない、あっても例外扱いで出てくるだけである、という指摘に。
経済学は門外漢の10chanだが、本書は、閉塞した経済をスッキリ見通すことを可能にしてくれた(^^)v。
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閉塞経済―金融資本主義のゆくえ (ちくま新書)(456) 著者:金子 勝 |
資本主義経済は、「商業資本主義」⇒「産業資本主義」⇒「金融資本主義」へと進んできた(序より)。
バブルが頻発するようになったのは、基本的には80年代の「金融の自由化」があって以降である(16頁)。
バブル病の原因は...①石油ショック以後の投資機会不足 + ②変動相場制への移行(為替取引の自由化) + ③金融の自由化 + ④国際協調による金融緩和政策 →→→ドンドン、ジャブジャブ、カネ余りが進む。そして、ハイマン・P・ミンスキーという異端のケインジアンが独特の「金融不安定性の経済学」として確立した、「ミンスキー・サイクル」と呼ばれる循環を描くに至る。
90年代の日本のバブル崩壊の処理は、要するに銀行経営者の刑事罰を問う代わりに公的資金の強制注入をして、早い段階で貸倒引当金をバックにして迅速に企業再生に取り組み、政府はできるだけ納税者負担を避けることを優先して株を売却すればよかったというのが著者の見解で、庶民(10chan)の「常識」的に納得のいくものである。・・・ということは、信用収縮が強く起きずに済んだだろうと思えば、”正しい”解決法だったと思える。
第2章 構造改革の経済学では、小泉・竹中氏の政策をバッサリ斬っている(^^)v。
・・・結局、「市場がなんとかしてくれる」ということで起きたことは、構造改革によるコストカットだけでした。賃金を下げ、雇用を不安定にし、社会保障を削り・・・ということをやってきただけです。これでは、当面当座は国際的な価格競争力を強めるかもしれないけれど、長期的には国際競争力を失わせてしまうというパラドックスに陥ってしまいます。(118頁)
なるほど、納得(^^)v。
そして、経済成長に必要なインフラ投資は「教育投資」であり、「考えさせる教育」の必要性を主張している。
第3章 格差とインセンティブの経済学で、目から鱗だったのは...「なぜ貧者を救うべきか」は経済学では説明できない、という点である。
政治哲学者ジョン・ローズ゙の『正義論』(1971)にも触れており、ロールズの第一原理と第二原理の順番を「正義の普遍性」として主張することは、今日的状況のもとでは、アメリカ的リベラリズムに基づくグローバリズムのような側面をもっていて、多様で寛容な社会という原理とも矛盾している(164頁)、とこれまたバッサリ(^^)v。
・・・アメリカはチャンスに恵まれた国というイメージがあります。しかし、世代にわたる社会的流動性を考えると、実はアメリカとイギリスは最も低いということがわかります。親が金持ちならば子どもも金持ち、ということになっているのです。逆に大陸ヨーロッパでは米英両国より社会的流動性が高い。北欧諸国は、特に社会的流動性が高い。税率が高く、それで所得再配分をしているから、親が医者だったら息子も医者とか、親が代議士だったら子どもも代議士、親が経営者だったら子どもも経営者という比率がとても低くなります。長い目で見ると「結果の平等」を重視することが「機会の平等」を保障することになり、世代を超えて社会が活力をもち続けることができることになります。このように時間軸を入れて考えると、トレードオフ論は成り立たないのです。
その問題を考えると、相続税の問題に行き着きます。「機会の均等」を本当に実現しようとすれば、新古典派経済学者であっても、相続税は100%取らなければいけない、という論理になります。そうしないと、世代にわたって「機会の均等」が保障されないからです。実は皮肉なことに、正反対に見える新古典派経済学とマルクス経済学は同じ結論に至ることになってしまうのです。(166-7頁)
そして、次の一文が、本書を際立たせている(^^)v。
・・・しかし通説を疑え、異端にこそ真理がある-創造的な仕事はすべてそこから始まります。(199頁)
数ヶ月前に読んで、一方では、著者の成果を知り、その一方で「構造改革」を礼賛(?)する本書(↓)を読んで、違和感を感じたのに比べ、頭スッキリという読後感である。
著者の成果とは...企業会計では当り前のバランスシート作成作業に取り組もうとし(役人の反対にあって幻に終わった)、最終的に、国の隠れ資産=特別会計の剰余金(埋蔵金)を白日のもとに曝したこと、である。ただし、政権中枢で、著者のような官僚が、どんな関わりをしたのかを知るには、恰好の書ではある。
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さらば財務省!―官僚すべてを敵にした男の告白(457) 著者:高橋 洋一 |
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著者よりお贈りいただいた<m(__)m>。
最近滞りがちの本ブログにしては、久々に力を入れた記事(^_^;)。
著者伊勢田先生は、群馬大学で生活臨床の実践および研究に励まれ、家族史研究で医学博士を取得されて後、あのDHクラークおじさんが牽引されてきたフルボーン病院に留学され、東京都立の精神保健福祉センター長を歴任された、生粋の(?)生活臨床同人である。
| 生活臨床と家族史研究(446) |
掲載論文の解説に続いて、全部で14編の論文および講演録が収載されている。
以下、著者自身による解説を交え、簡単にご紹介する。
世に問う「生活臨床」・・・「群馬評論」100号廃刊記念「20世紀の群馬を創った人々」にの特集として、故江熊要一先生が選ばれて、著者が編集部の依頼に応えて書いたものである、とのことである。
精神分裂病者に対するデイケアの経験@臨床精神医学10(3)・・・江熊先生が1963年から試験的に、1965年から本格的に群大で実施されたデイケアの、1979年から1980年までに終了か中断した実人数26名を対象とした実践報告である。実用的デイケアについて考察されている。
統合失調症患者の結婚支援に関する私の原則@Schizophrenia Frontier 9(2)・・・筆者らの結婚支援の手順がまとめられている;①求められれば治療者の考えは提示するが人生のあらゆる決断は本人・家族が行うという立場を貫き、②求められれば本人の意思を確認したうえで結婚が成就するように躊躇なく支援し、③インフォームドコンセントによるプロセスを重視し、④疾病・治療・リハビリテーション・予後・遺伝などの情報はこの経過の中で提供し、⑤結婚・離婚・再発予防などの転帰を支援目標とせず(経過の中で成就するものは成就するし、破談になるものは破談になるので、専門家が人為的に判断することはできないし、すべきではなく、経過の中で結論は出てくるものであり、また、再発予防を目標とすることも適切でないと考える)、⑥結婚の資格条件として精神症状と生活能力の’ミニマム・リクワイアメント’が存在するとは考えず、当事者と環境との相互関係で決まる性質のものと考える、などである。
以上の2編は、まさに「その時々の流行、権威者の主張に左右されることを最小限にし、自らの頭で工夫した実践を展開することが生活臨床の真髄である」との紹介のとおりの論文である。実学としての生活臨床の真骨頂が示されている。
家族史分析による精神分裂病の家族療法@臨床精神医学14(11)1985・・・現在(出版当時)のところ「家族史的家族療法」の適応を他の治療法で難治の場合に限定している。それは家族、治療者にとっても負担が重く家族に与える副作用も大きいと考えるからである。なろほどと頷けた。1症例(1家族)の具体的な経過と介入と評価と考察が述べられているが、介入は見事!の一語に尽きる。
私の見立てと家族の”復権”@家族療法研究19(3)2002・・・心構えの項目立てを追うと、1.予断をもって接しない、2.援助者を援助することが患者を適切に援助することにつながる、3.家族は危機の対応や援助方法の決定に十分に参加する、4.家族をケアのパートナーとして価値があるものと見なす、5.家族への批判とか非難の態度を示さないように精力的な努力を払う、6.家族は困難ななかで「ベストを尽くしている」と考え「一目置く」態度で接する、7.「家族病理」に拘らず積極面を引き出し家族のやる気を引き出す。代表的な見立てと対応は、1.病気を否認する家族、病気の理解が十分でない家族と心理教育アプローチ、2.感情と表出の乖離による対人関係の捻じれと”通訳療法”(「妄想真に受け療法」を開発した著者らしい(^^)v)、3.「家族療法」より長所探し・能力開発の目標を提示する、4.家族史的困難を抱えている家族へは家族史的家族療法で。
やどかりサロン パラダイムの転換が求められる家族支援@響き合う街で 主体化をもとにした協同の実践44 2008・・・英国からの刺激を受けた家族支援の展望。
国際生活機能分類(ICF)と精神障害@精神障害とリハビリテーション6(1);45-9, 2002・・・マーク箇所;精神障害の場合、複雑性のなかに、⑧見たり、触ったりしただけでは分かりにくい生物・心理・社会的病気であり、時には専門家にさえ偏見をもたらしやすい精神の障害であること、⑨有利な側面にもなりうるが、偏見の要因ともなる病気・障害の変動性傾向があること、⑩環境の影響を受けやすいこと、⑪障害者のことばの上での考え(希望)と本音が異なることがあることなど。
家族史研究からみた精神分裂病者の生活障害について@障害者問題研究44; 42-6, 1986・・・たった13ページだが、生活臨床とは? を知れる小論。
受診歴のある患者@新世紀の精神科治療1; 194-203, 2002・・・著者が最近(発刊当時の)4年間に実施した受診歴のある45例の精神分裂病患者の治療に関する経験報告。主治医を引き継ぐときの参考になる。
リハビリテーション医学の今日@統合失調症の治療 臨床と基礎2007・・・リハビリテーションの反医学モデルに対する問題点を整理したのち、Benett D、Anthony W、Shepherd Gらのリハビリテーションの基本的理念を概観し、最後に著者の視点が述べられている。
~WAPRのベストプラクティスの最低限の特徴~
①重度の精神障害を持つ人たちを対象にしている活動であること
②生活能力の改善を目指している活動であること。改善とは、年齢、文化的背景、そして、個人の関心にそって、住まい、職場や学校で、身体的、精神的、知的生活能力が増進するように援助していること
③パートナーシップを発展させ、市民としての権利を与える活動であること。自然に存在する援助を最大限に活用し、「精神病患者」としてではなく、一市民として生活できるように援助していること
④他のサービス、社会資源、援助のネットワークに統合されている活動であること
⑤医療が利用しやすい活動であること
~著者の視点~
①治療関係;周囲から理解されにくい精神障害を抱えながら生活している人たちに「一目置く」
②家族(carer)への支援
③症状、生活能力、社会環境との間の力動的関係の重視;三者関係の良循環を作動させる
④希望や生活目標の達成支援を重視する
統合失調症の再発予測と再発防止@新世紀の精神科治療10 慢性化防止の治療的働きかけ; 237-56, 2004・・・300論文以上の文献を渉猟したエビデンス・ベーストな総説。
まとめ:臨床への示唆 から
●まず患者を中心として、家族、援助者、治療者が協働で病気を乗り越えようとする治療同盟を強固なものにすることに集中する
●診断・アセスメントおよび治療・リハビリテーションは、可能な限り生活場面で行う
●疾病管理のための個別的・集団的心理教育を患者・家族に実施する
●治療は洞察を求めない個人精神療法を基調にする
●精神病理より生活を重視する
●生活相談を通して希望を無条件に尊重し、意欲と能力を引き出す生活支援を心がける
●特に、思春期・青年期の若者の患者へは、さまざまなレベルの勉学・受験指導・就労支援・結婚支援など「指向する課題」の達成支援を行う
●一般の社会生活が困難な患者へも、家庭や地域生活での役割・張り合い作りを創造的にねばり強く取り組む
●再発は個人の生活特性に基づき予測し時機を失せず介入し再発・生活破綻を防ぐ
●日常生活訓練は個別の生活パターンに合わせて行う(なお、訓練は必要最小限にし繰り返し行う)
●治療者の「施設化」を防ぎスタッフの高いEEを防ぐ不断の取り組みを行う
●特定の治療技法にこだわることなくいくつかの技法を身につけニーズに応じて使用できるようにする
医療観察法施行への期待@更生保護と犯罪予防145; 93-107, 2005・・・その後、財政的裏付けのある十分なマンパワーと実践が進められてきているようであり、10chanも附則第3条が活かされることに期待している。⇒医療観察法:http://www.moj.go.jp/KEIJI/keiji22.html
APA統合失調症ガイドライン第2版(2004)
十分な効果が確認された心理社会的治療として、①ACT(積極的地域治療)、②家族介入(家族への心理教育)、③援助つき一般就労、④認知行動療法、⑤SST(生活技能訓練)、⑥発病初期支援
非常に限定的なエビデンスしか出なかったものとして、①個人療法、②集団療法、③発病予防と治療、④患者教育、⑤ケース・マネジメント、⑥認知機能訓練
英国心理学会・精神医学会合同作業部会によるメタ分析(2002)
効果が明らかな心理社会的治療として、①感情表出に基づく家族心理教育、②認知行動療法
推奨できない治療として、①SST、②認知高訓練を挙げている。
(なお、英国のものは、Pilling Sらによるもので、SSTをどこに位置づけるかではその後議論があり、むしろ中程度の大きさの効果ありとするのが現時点での到達である。)
海外の動向 英国保健省「精神保健に関するナショナル・サービス・フレームワーク-5年の経過」の概要と特徴@精神保健政策研究14; 100-5, 2005・・・EBMの関係からNICEの取り組みには10chanも早くから注目しており、また国家的な自殺予防対策の視点からも、1999年NSFには強い関心をもってきた。このNSFとブレア改革について紹介している。
英国の医療改革について → http://www.igaku-shoin.co.jp/bookDetail.do?book=5503
(なお、10chanは本書は読んでいない<m(__)m>)
5か年報告 → http://www.dh.gov.uk/en/Publicationsandstatistics/Publications/PublicationsPolicyAndGuidance/DH_4099120
精神保健福祉政策の創造的発展を考える@精神保健政策研究16; 29-32・・・
なお、DHクラークおじさんの著訳書は以下(↓)
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大変な意欲作、と評価したい。Amazonでは、アフィリ対象外、かつ、すでに通常ルートでは入手困難な書籍になっている(>_<)。本書は、職場近くの書店で、本当に久しぶりで昼休みにブラついて、たった一冊残って(?)いたものを購入した次第(買えて、買っておいてよかった?)。
| 大人の時間はなぜ短いのか(445) 販売元:セブンアンドワイ セブンアンドワイで詳細を確認する |
主観的時間・・・私たちが経験する時間 と、時計で測れる客観的・物理的・公共的・社会的時間(^_^;)とのズレについて、認知心理学的研究の現在時点から後者の時間との付き合い方についてヒントを与えてくれる著作、である。
ただし、大人の時間はなぜ短いのか? という疑問形に、明確な回答は用意されていない(^_^;)。
いまだ、明確な回答がだせるほどに研究が到達していない、というのが実情のようだ。
10chanが読んでいて、マークした個所を、列挙し残しておきたい(^_^;)。
フランスの哲学者ポール・ジャネーとその甥の心理学者ピエール・ジャネーは、感じられる時間の長さは、年齢と反比例的な関係にあるという仮説を立てた(Janet, 1928)。一般に「ジャネーの法則」として知られている。(14ページ)・・・ただしこれは直観的に導き出された仮説、とのこと。著者らが『時間旅行』展@日本科学未来館(2003年3月~6月)の際に収集した3526人のデータでも実証された;評価時間と実際の時間の比(%)=0.149X + 99.663(r=0.810、p=.01)。
歴史的にみると、時計の時間が人間の生活パタンに大きな影響力をもつようになったのは、農耕に関わる作業に大量の労働力を投入する必要が出てきたからである(ジャック・アタリ『時間の歴史』1986)。(24ページ)・・・時計の時間はそもそも労働と切り離せないモノ、道具として生まれたというのは大変示唆的であると感じた。
つまり、世界共通の時間や時間の単位は、協定による国際的な取り決めなのだ。日本の標準時は協定世界時から9時間進んでいる。秒単位で表記される日本の標準時は、以下のサイトで手に入れることができる。http://www2.nict.go.jp/cgi-bin/JST.p1(26ページ)
知識による矯正が困難であることは、知覚の重要な特徴の一つである。(40ページ)
フレーザーの錯視、ミューラー・リヤー錯視、ポンゾ錯視、水平垂直錯視、ツェルナー錯視、ポゲンドルフ錯視、不可能の三角形、オオウチ錯視、フレーザー・ウィルコックス錯視、ピンナ・ブレルスタッフ錯視、パラパラ・アニメを成り立たせている「仮現運動」、天体錯視、扁平な視空間、といったよく知られている錯視が紹介されている。そして、
以上のように、古くからよく知られている錯視でさえ、十分に解明されているわけではない。むしろ、大半の研究者が満足するような説明がなされた錯視のほうが少ない。ほとんどの錯視については、議論がまだまだ続いている。こうした状況は、人間が自身の特性について十分には知らないことを物語っている。(59ページ)
定規を使った反応時間測定の公式・・・RT(sec)=ルート(Scale(mm)/1000/4.9)(74ページ)、10回程度施行し平均をとるとよい。
時間知覚には、空間に対する目、音に対する耳のような独自の感覚器官がない。(75ページ)
時間評価に影響を及ぼす主な要因には、身体の代謝、心的活性度、時間経過への注意、他の知覚の様相など(松田文子ら『心理的時間』1996)がある。(118ページ)・・・それらの要因間の修飾関係についてはまったくの手つかず。
心地よい「精神テンポ」・・・心地よいと感じられるテンポで机を指で繰り返し、たとえば10回叩いて何秒かかったか測定し計算してみるとよい。おおよそ0.4~0.9秒の範囲に収まる人が多いといわれている。(132ページ)
第6章では、現代人をとりまく時間の様々な問題として、現代社会における時間の特徴として、厳密化・高速化・均質化を挙げている。
そして、JR福地山線の事故を引き合いにしながら...
厳密なスケジュールからずれることが許されないようなシステム、あるいはスケジュールからの遅れを取り戻すために危険を冒さなくてはならないようなシステムは、人間の作業者向けではないともいうことができる。もっとゆるやかなスケジュール設定にするか、あるいは時間的遅れを生まないような機械に作業を担当させるべきであろう。(161ページ)
と述べている。
最終章、第7章では、道具としての時間を使いこなすとして、結局、時計の時間・客観的時間は、理念的、概念的なものであり、あくまで道具である、とする。それは、
人間が、自然への適応や農耕、社会生活における個々人の間の行動の調整のために、時計の時間(客観的時間)というものを創作し、利用しているのである。(178ページ) そして読者一人一人が付き合い方をカスタマイズせざるを得ない、としている。
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お久しぶりですm(__)m。さぁすがぁ~ 我が国の行動療法の第一人者の手による著作!!(^^)!
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方法としての行動療法(438) 著者:山上 敏子 |
本書は、雑誌「精神療法」に、「方法としての行動療法」として2年にわたって連載した論文をまとめて、本としての体裁を整えたものである(あとがきより)。
一言で評すれば...行動療法、近年では認知行動療法の方が通りが良いかも知れない? の入門書、である。
序章 日常臨床における行動療法・行動療法をすすめる技術 では、行動療法は大病理理論を持たない、臨床上実証的で有効な技術の寄せ集めの体系(臨床の手段の体系)であることから、「方法としての行動療法」と意識的に呼ぶに至った経過、便宜的に、治療を組み立てる技術、治療をすすめる技術とに分け、基本的な視点を列挙して解説している。治療をするというよりも、生活の仕方を学習するというスタンスで治療をすすめる、という視点に集約されているように感じた。
第一部 行動療法理解の基本 では、行動療法を方法の体系としてとらえ、歴史的な形成のされ方も盛り込みながら、行動療法を構成している技法と理論とを解説している。理論枠を、新行動S-R理論、応用行動分析理論、社会的学習理論、認知行動療法の4つと分けて、それぞれの視点とそれぞれに分類される技法とを解説している。この大づかみなとらえ方方細部へと進む作法は、頭の整理に非常に役立つ。
行動療法は、学習を主な手段にした精神療法で、構成する技術を対象を認識把握する技術と変容する技術とに分けることを示してくれている。スッキリ!
具体的には...
新行動S-R理論枠・・・不安恐怖・・・系統的脱感作法、エクスポージャー、暴露反応妨害法など
応用行動分析理論枠・・・行動療法実践の基礎技法・・・課題分析、構造化、刺激統制、教示、強化の諸法、プロンプト、シェーピング、チェイニング、トークンエコノミーなど
社会的学習理論枠・・・モデリング、セルフコントロール、セルフモニタリングなど
認知行動療法理論枠・・・問題解決訓練法、認知療法、思考中断法、思考修正法など
そして第Ⅱ部 技法を知る で、以上も含めた諸技法を具体的な事例も提示しながら解説している。
第Ⅲ部 治療をすすめる では、具体例を提示しつつ、行動療法的な治療の進め方を丁寧に解説している。
最終章 第Ⅳ部 方法としての行動療法では、著者山上敏子先生の行動療法との出会いから、本書執筆時点までの行動療法家(という臨床家)としての小史とを折り重ねた内容になっている。
本書は、これから(認知)行動療法を修得しりょうとする人はもちろん、すでに(認知)行動療法家を自認する人にとっても、一読二読の価値があろう。
まだ、(認知)行動療法という学習療法に関する著作がほんの少ししかなかったその昔、同じ著者の手による以下の辞典をむさぼり読んだ日々がよみがえってきた(^^)v。
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行動療法事典(439) 販売元:岩崎学術出版社 |
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畏友の近著である(^_^)v。
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健康・医療の情報を読み解く 健康情報学への招待 [京大人気講義シリーズ] (京大人気講義シリーズ)(437) 著者:中山 健夫 |
京大人気講義シリーズの1冊として発刊された。
著者は、わが国初の公衆衛星学大学院にわが国初に設置された「健康情報学」講座を主催されてきた第一線の研究者である。
健康食品やマスコミを賑わす健康に関する情報に見られがちな「落とし穴」を自分で考え、判断する力を養う視点が満載されている。
祈った→降った→雨乞いが効いた、の”3た”論法、バイアスとばらつき、研究デザインとエビデンス・レベル、対照群の必要性~比べる視点、平均への回帰、代理エンドポイント、ガイドライン...今春、新聞1面を使って報じられ、衝撃を与えた「利益相反」問題...およそ、健康情報学の重要な基礎知識を網羅し、しかも卑近な例を挙げながら平易に解説している。
EBMや疫学は、さまざまな情報が行き交う現代社会を、少しでも賢く、そして心地よく生きていくのに必要な基本技能の一つになっていくと思う。近い将来、義務教育の中に本書でお話したような健康情報学の視点が取り入れられることを冗談半分、本気半分で考えています。(あとがきより)
いや、本気で実現に向けていくことが求められている。そう10chanはほとんど本気で考えている。
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